俺はかわいそうじゃない

アルコール依存症との戦い

断酒の始まり

「今日から断酒してくださいね。」

医者からそう言われた。ほんのさっきのことだ。もちろん、こっちだってその気だったのだけれども、こうして真っ向から言われると感慨深いではないか。

酒をやめることにしたのだった。理由は死にたくないからだ。これから死ぬまで酒場の体験ができなくなると考えると少々寂しいが。


薬というのは基本的には毒だ。毒というのは、摂取量によって効用があるか毒になるかが変わってくる。百薬の長と呼ばれるアルコールだって例外じゃない。大量に飲めば死ぬ。

毎日のように飲んでいれば、じわりじわりと身体は蝕まれる。そして、どこかで引き返せなくなる岐路がやってくる。

そういう岐路を今日は迎えたんじゃないかと思った。目の前に天国への階段が見えた気がした。嵐があけて春めいた青い空の下に、後ろ髪を引かれる気配があった。このまま先に進んではいけないと思った。


アルコールとの出会いは大学に入ったばかり、たしか2005年くらいだったと思う。今は法令遵守の意識が高まってるから新歓で酒をやるなんてことは減ってきているみたいだけれども、あの頃の未成年飲酒はまだまだ通過儀礼的な扱いだった。田舎の出で貧乏性だった僕はいくつものサークルの新歓に参加しては浴びるように酒を飲んだ。もとより欲望は満たされるまで求めるほうだったからそのまま習慣飲酒が始まった。もう10年も毎日のように酒を飲んでいるというわけだ。

一般に、酒との関係性は生まれた瞬間に遺伝子に組み込まれているのだと思う。うまくやる奴もいるし、ソリが合わなくて付き合えない奴もいる。一方で仲良くやってるように見えて付け込まれてしまう奴もいる。厚労省の統計(2013年)によると高リスクな飲酒者は日本に2000万人ほどらしい。少なくない人間が酒に飲まれている。これは氷山の一角であろうから、アルコールとすこしでも関係のある人はおよそ他人事ではないだろう。

アルコール依存の研究によれば、高リスクな飲酒者がリスクを回避するには断酒しかないということになっている。程よく付き合うというのは不可能だ。意志の強さの問題ではない。人の身体がそのようにできているから仕方がないらしい。つまり、酒に飲まれる奴は初めから下戸の奴よりも遥かに危険であるということだ。この事実はあまり知られていない。

というわけで、今日から飲酒から卒業することにした訳だが、実のところ幸先が非常に悪いのである。医者曰く「次の診察までに絶対に断酒に失敗する」らしい。なにせ、今日はアルコール依存症と診断されただけで何の薬も処方されてないし、「断酒せよ」以外の指示を受けていないのである。おそらく、「どのように断酒に失敗するか」を見て今後の治療方針を決めるのだろうけれど、全く不安しかない。まったくこれからどうなることやらという気分だ。